待ち合わせ場所は京阪三条「土下座像の前」
高山彦九郎物語
東京渋谷駅の待ち合わせ場所である忠犬ハチ公像でさえ「お座り犬像前で」とは呼ばれず「ハチ公前で」と名前で呼ばれるというのに。 |
生涯を旅に過ごし、京都・江戸・郷里を拠点に全国各地を遊歴、公家・武士(大名・家老・諸藩士など)・学者(国学者・儒学者・蘭学者など)・文化人(画家・歌人・俳人など)・剣術家・神官・商人・農民など様々な階層の人々と交流、その様子を地域の歴史・地誌・習俗・民情などとともに克明な日記に記録しています。 参考:太田市立高山彦九郎記念館ホームページ |
つまり、この場所から御所が見えたということです。 |
万一、このホテルがなくても御所は見えないでしょう。ただし、江戸中期頃は建物も少なく、御所が見えたのではないでしょうか。 |
江戸が終わり明治になって、日本は天皇を中心とする国になりました。しかし、天皇は京都御所を離れ東京に遷ってしまったのです。
京の都と京都御所は天皇と公家たちがいなくなり、一気に寂れてしまいました。
高山彦九郎像は第二次大戦中に金属資源として供出され、現在の像は戦後再び作り直されたものです。(東京渋谷の忠犬ハチ公
も同様)
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