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御土居(おどい)
豊臣秀吉は天下統一後、京都中心部を、総延長22.5kmもの土塁(堤防)と堀で囲み城砦都市に改造しました。
城砦化の目的は敵からの防衛と、鴨川の氾濫などにたいする防災でした。

江戸時代になり敵からの防衛の必要がなくなり、鴨川の堤防の整備が進んだことから御土居の存在価値がなくなり、また御土居の外(洛外)への居住者が増えるなどの影響で、御土居は取り壊されていきました。

現在は、京都市が昭和5年〜6年に史跡に指定した9ケ所のほかに、数ケ所だけが御土居の名残りを留めているだけです。
下の地図の番号をクリックすると写真を見ることができます。
(ただし北野中学校庭の御土居跡は最近の社会事情を鑑みて掲載しません)

なお、御土居の出入口を「京の七口」と呼びますが、地図上には代表的な口を記載しています。実際は七口以上あり
また同じ口でも時代によって名称が変わる場合があります。




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