
ニ葉葵を桂の小枝に挿して飾ることから葵祭と一般に呼ばれます。正式名は賀茂祭
行列出発地点である京都御苑(AM10:30〜11:00)と、行列目的地の上賀茂神社(PM4:00〜6:00)の写真です。途中の下鴨神社は観客が多すぎて近づけませんでした
前年撮影できなかった下鴨神社と、再度 上賀茂神社です。
葵祭(賀茂祭)の概要・・(上賀茂神社資料参考)
起源と変遷
欽明天皇も時代(6世紀)に日本中が風水害に見舞われ国民の困窮がはなはだしかったため、占ったところ賀茂大神のたたりであることがわかり、盛大に祭を行ったことが起源。
そのご、各時代の天皇の庇護を受け伊勢神宮に準じる地位の神社となった。
天皇に代わって伊勢神宮に勤める斎王(さいおう)に、賀茂祭でも勤めるよう天皇の指示があった(810年頃)
810年頃には祭りの式次第が定められ壮麗な祭が完成した。
賀茂祭は室町時代以降衰微し、江戸時代(1700年頃)に再興された。
昭和になり国内情勢激変により昭和18年行列中止となったが、昭和28年行列復活。
昭和31年、斎王に代わる「斎王代」を中心とする女人行列が復興。
斎王代とは
宮中で未婚の皇女を神のもとへ差し遣わせる例があり、斎王と称した。斎王が遣わされたのは伊勢神宮と上賀茂神社のみ。
上賀茂神社に斎王の勤める場所が設置されていたのは810年〜1212年の約400年間。