ちしゃくいん
東山区東大路通七条東入東瓦町
弘法大師空海を宗祖とする真言宗智山派総本山。
保延6年(1140)に、修行の場を高野山から、同じ和歌山県内の根来山(ねごろさん)へと移し、ここを真言宗の根本道場としました。
根来山は、学問の面でもおおいに栄え、最盛時には、2900もの坊舎、約6000人の学僧を擁するようになります。智積院は、その数多く建てられた塔頭(たっちゅう)寺院のなかの学頭寺院でした。
しかし、同時に、巨大な勢力をもつに至ったため、豊臣秀吉と対立することとなり、天正13年(1585)、秀吉の軍勢により、根来山内の堂塔のほとんどが灰燼に帰してしまいました。その時、智積院の住職であった玄宥(げんゆう)僧正は、難を京都に逃れ、苦心のすえ、豊臣秀吉が亡くなった慶長3年(1598)に、智積院の再興の第一歩を洛北にしるしました。
そして慶長6年(1601)、徳川家康公の恩命により、玄宥僧正に東山の豊国神社境内の坊舎と土地が与えられ、名実ともに智積院が再興されました。
やがて明治33年に智積院を中心に活動していた全国の約3000の寺院が結集し、智積院を総本山と定めました。
(智積院ホームページより抜粋)
たんとフォト京都 智積院 ちしゃくいん
