木浦鉱山 すみつけ祭り  Kiura_Kozan Sumitsuke Matsuri

この場所の地図

この祭りを紹介する公式サイトはありません。祭り関係者に聞きましたが、当地区で過去に火災が何度かあり鉱山関係や祭りの起源などの正式な記録が残っていないということです。
すみつけ祭りの概要は以下のとおりです。(地元の方から聞いた話)
木浦鉱山は1000年頃には発見され、銀を産出していたのではないかと思われますが、これも記録がないようです。その後、ざまざまな鉱物(銀・錫・鉛などといわれる)を産出し、江戸時代初期にもっとも栄えていたようです。すみつけ祭りはこの頃に始まったとされています。

この祭りの参加者は大根の切り口に鍋墨(粉状)をつけ、「ひとつ祝わせてちょくれ」と言いながらお互いの顔に墨をつけ合います。
祭りの起源は、鉱山で働く若い夫婦が、仕事で鉱山の抗に入る前に神社に立ち寄って道草したあと抗に入ろうとしたら直前に落盤事故が起きた。夫婦の顔はススで真っ黒になったが命が助かったのは神社の神の導きで道草したおかげということから、顔に墨をつけて祝うようになった・・・という説がありますが、定かではありません。

木浦鉱山地区は、ピークは3千人以上の人口でしたが、現在は60人ほどで老人が中心の限界集落化しつつある場所です。すみつけ祭りも毎年開催ができなくなり2年に一度開催されていました。2007年が開催予定年でしたが、開催できず、2008年2月10日に木浦地区から都会に出た出身者が中心になって祭りを復活させました。


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祭り開催会場の山神社

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荒神が山神社石段を舞ながら降りる

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手には墨付け用の大根

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石段の上も下もカメラマンだらけ

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荒神が石段を降り荒神舞を披露したのち「すみつけ」開始

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会場では地元民、観光客関係なく大根で墨を付け合います

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若いっていいな

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祭り関係者が鍋墨(粉状)の入った箱を持っています

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豪快な女性たち

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皆、荒神に墨をつけてもらう

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山神社で観光用のすみつけ行事が終わったあと、木浦鉱山区の各戸を荒神が廻る本当の祭り

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門に御幣が貼ってある家を荒神が廻る

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家に上がって荒神が厄除けに舞う

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木浦鉱山区を廻る

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巨大な2基の御幣が先導する

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